紀州備長炭ができるまで

紀州備長炭は、江戸時代の中頃に秋津川とその周辺の炭焼きが製炭技法を確立し、田辺の炭問屋「備中屋長左衛門」が取り扱う商品を「備長炭」と名付けて売り広めたのが始まりと言われています。松尾芭蕉が奥の細道を歩いていた頃のことです。

それでは300年の歴史を持つ紀州備長炭がどのような工程でできあがるのかご案内致しましょう。




秋津川の炭焼きが集まると、必ず出した炭の良し悪しを口にします。カキ落しの高さ・窯の底に敷く素灰の均し方・着火の見極め方法などの話題に花が咲きます。それは今も昔も紀州備長炭の品質の維持と向上を心がけているからです。先人が築きあげた伝統技術を受け継ぎ、改良を重ねつつ後世に伝えることが求められています。

 田辺市秋津川の道の駅「紀州備長炭記念公園」では、興味をお持ちになった皆様方のお越しをお待ち申し上げております。



「こだわり忘れず、自然に感謝」の心で・・・。